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2019年9月12日 (木)

私は大人の本が読めない (Twitterからの転載その2)

Twitterで書いていた長文の転載です。2019年6月11日の投稿です。


私は大人の本が読めない


実は今まで人に言ったことがないんですけど、私は大人向けの一般書、特に古典的な名作小説をほとんど読んだことがありません。最初の1~2ページでほとんどメゲる…というか、頭で情景が簡単に思い描けない本は読み進められないみたいなんです。

いや、今なら大人向きのエンタメ系小説ならなんとか読めてるんですけど、子供の頃は児童書でも、自分の学年より年上向けのものは、とても読みづらくて、あんまり読書が好きではなかった。

子供向けの本なら読めるようになったのは、父親が「これを読みなさい」とかいう前に、本を買ってさりげなく置いてくれたり、教師だったので(ほんまはアカンけど)勤め先の図書室から毎週本を借りてきてくれたのがきっかけ。

最初に好きになったのは、ナルニアとかムーミンとか、挿絵がきれいで文章からも情景が思い浮かぶような物語。でもファンタジーでも「トムは真夜中の庭で」は最初渡された時には、なんだかとっつきにくくて読み進めることができませんでした。

ほかにも「シェパートン大佐の時計」や「砂」とか、翻訳物のリアリズム系は小学校高学年ぐらいまでは苦手でした。背伸びして大人の本を読むなんてことも、いわずもがな無理でした。

苦手だった翻訳児童文学が好きになったのは、父がもう一度「トムは真夜中の庭で」を借りて来てくれたときからです。最初読んだときには難しいと感じていた文章が、なんとなく「読める!」と感じて読み進めるうちに、お話に夢中になっていました。

今もそうなんですけど、私実際には本の文章を全て理解して読んでるわけではないようなのです。「トムは~」を初めて読み進められたとき、結構読み飛ばしていたし、ストーリーが進むポイントだけを抽出して読んでいたようです。

たぶんそれは今でも同じで、その後「指輪物語」とか長くて難解な本も読んではいましたが、どれも全文読んでるわけではなく、情景描写や動きのあるシーン、ストーリーの肝になる所……そういう箇所だけを抜き出して読んでいたっぽいです。

一字一句ていねいに、読みながら意味をよ~く考えて……みたいな読み方をしようとすると、しんどくて読み切れないのです。全然文章が読めないわけじゃないので学習障害や発達障害ではないのでしょうけれど、このことはずっと「自分って作家としてどやねん?」と自問自答するコンプレックスになっています。

マンガでさえページをパッと見て一瞬で情景がわからなかったり文章が多かったりすると「読むの大変やな~」って感じになります。

たぶん、このことが原因で、児童文学を勉強するときに主流になっている「合評」というものが自分は苦手なんだと思います。ていねいに、一字一句の意味を読みこむことができないから。「おぉ、このお話の展開おもしろい!」とか「このキャラってかっこいい!」とか思うだけで、作者さんが欲しているだろう「問題点の指摘」とかが全然できないんです。

そして、自分が書くものも、自然に書くと小学校高学年ぐらいの語彙を使った文章になるし、書いている内容も、キャラクター同士の会話や出来事や情景の描写がほとんどで、自分が書いていて楽しいことしか書いてません。プロやったらそれだけじゃあかんやろ、とは思うのですが、人間の心の深層とか社会の問題とか、自分には書ける気がしないし、書こうとしても上手くいく気がしません。

長々と何を書いてんのや…と自分でも思いますが(汗)、私にとって頭の中で映像としてキャラクターが動いてくれてお話を考えるのはむっちゃ楽しい事なんですが、それを文章にするのはものすごい苦行です。だから精神的にしんどいときには「書きたくない~」という気分になることもあります。でも、お話を生み出すこと自体が嫌なのではないのです。

ほんと、延々と頭の中だけで自分の考えたお話映像の上映会ができるなら幸せなんですが、それでは生きていけないので、がんばって文章をひねり出します(笑)

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